Khish No.018 完成レビュー

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こんにちは。かわぐつのケンです。

この記事では今回製作したNo.018 Horusの完成レビューをお届けします。

今年のナンバーズコレクションは、展示会において展示し気に入った方がいらっしゃれば先着順でその場でご購入いただけます。(会期中は展示し、終了後ご郵送します)

目次

No.018 Horus

No.018
Horus
¥1,000,000

サイズ : なし(UK8:チャンピオンシップ基準)
アッパーマテリアル : Ilcea Radica Navy (Dark navy に手染め)
ソール仕様 :
 ハンドソーン製法
シューツリー : 3ピース

Horus製作の経緯

これまで17作品を製作してきたナンバーズコレクションの中で、No.018は新たな挑戦を始める靴となります。

僕は靴は履くものであり芸術品でもあると兼ねてから考えています。その中でも実用的にガンガン履きこむ靴、逆に飾って楽しむ靴というようにグラデーションのように様々な役割が靴それぞれにはあり、それらはどちらも素晴らしいことだと思います。

そういった実用性と芸術性を併せ持った「靴」という存在にこれまで僕は心惹かれてきました。

このNo.018 Horusはその靴の持つ芸術性に焦点を当て、極限まで高めることを追求した作品です。

したがって履き心地や耐久性、サイズといった靴としての実用性に関わる部分は考慮せずに片足のみ製作しました。

これは2024年5月にロンドンで開催されたWorld Championships of shoemakingに出品し、優勝したことも大きく影響しています。

この靴はある課題に沿って片足のみ製作し、靴のデザイン、美しさ、技術の高さを競うために製作しました。

その時実際に初めてコンペティションシューズを製作し、デザインを極限まで高めることの楽しさ、新たな技法に挑戦、開発する楽しさと重要性を身をもって体感しました。

Championshipsは毎年課題とレギュレーションに則った靴を募集し開催されますが、Championshipsのような芸術作品のような靴をもっと自由に製作したいという思いが重なり今回のNo.018 Horusの製作に至っています。

そのためChapmpionshipsで優勝した靴をある意味自分自身で超えることを目標に作りました。

さて前置きが長くなりましたが、Horusの解説に入っていきます。

Horusの解説

No.018 Horusはその名の通り、エジプト神話の「天空の神ホルス」をコンセプトに掲げ製作しました。

ホルスといえばハヤブサをモチーフにした神様で出自や功績など数多の神話が残されています。

まず、アッパーの革にはイルチア社のラディカ(通称ミュージアムカーフ)、色はネイビーを用いました。

このイルチアラディカのネイビーは深い青みが強く、非常に奥行き感があるため個人的にも好きな革トップにランクインするものです。その魅力からMTOやビスポークでもたくさんのご注文をいただきます。

No.018ホルスのカラーリングは大変悩みましたが、ハヤブサは羽毛が青みがかったグレーであることや、空もイメージなども合わせてこのイルチアネイビーに決めました。

そこに曲線的な金色の細かなステッチを幾重にも配しています。アッパー製作時は鮮やかな金色でしたが、全体の雰囲気を厳かなものにするため、アッパーごと糸も手染めし完成では黒っぽくなっています。

しかし黒色の糸を使って縫い上げたものとはやはり違う、わずかに金色がかっているのがわかるはずです。

つま先と踵に施されたこの幾重にも重なった曲線的なステッチは、開いたハヤブサの羽や、天空から燦々と降り注ぐ太陽の光を表しています。

トウシェイプはハヤブサの嘴を想起させるような鋭いラウンドトゥ。通常キャップはバンプパーツの上に乗りますが、これは嘴が羽毛の下から生えてくるように通常とは上下が逆転しています。

ヒールカップは継ぎ目のないシームレスヒールですが、左右に広がるステッチのセンターにはクリースが入っています。

そしてこの靴の最大の特徴は甲部分の内外に生えたまさに”羽”です。

この靴のデザインは一般的にサイドエラスティックシューズ(シューレースではなくゴムで脱ぎ履きするもの)に分類されるものであり、”羽”部分の裏にはゴムを仕込んでいます。

しかし先述したようにこの靴は”履けない”靴ですので、本来この羽形状だけ表現すればホルスのデザインは完成し、実用のためのパーツであるゴムを仕込む必要はありません。

しかし実用品であり芸術品であるという、僕が惹かれた靴の性質上、そこにデザインの理由があるということは最も重要な要素です。

このサイドエラスティックは実際に可動し、その動きはまるで翼を開く時のようです。(動画参照)

この靴が”サイドエラスティック”であることこそが、ホルスの”羽”をコンセプトとした決定的な理由を与えてくれます。機能とデザインが互いに補完し合う最高の自信作です。

(ただ、余談ですがこのデザインのために素材にとって多少の無理はさせているため、ノーマルのサイドエラスティックと比較すると8割くらいの実用性、耐久性と言えるでしょう。)

羽の付け根を前方で支えるように王冠のようなイメージでチェーンステッチを施しました。

際のステッチから一歩下がったところに少し太めの糸でチェーンステッチを入れる、というのはチャンピオンシップの靴のセルフオマージュでもあります。

次にソールの解説に入ります。

ソールも全体のコンセプト通り、同じく羽や太陽をイメージしながら製作しています。

写真では非常にわかりづらいですがヒール形状はすり鉢のように凹んでいます。

そこに無数の細い真鍮釘を打ち込み、アッパーのステッチと呼応しています。

靴を置いた状態では、地面から見上げたヒールが半天球のようになり、中央の一本太い釘(太陽)から細い釘(日光)が降り注いでいる、そんなイメージを持っています。

ソールの仕上げとしては一般的に半カラスと言われるものですが、ソール形状が非常に抑揚があることに加え、ウエスト部分の中央からサイドにかけて羽毛のような線を描きながら、端にかけて色が薄くなっていくグラデーションとなっています。

物理的な立体感があることに加え、色味での立体感の強調も狙いました。

ウエスト部分はフィドルバックと呼ばれる、中央に突起をつくる技法です。また、ベヴェルドウエスト(アッパーにソールを密着させて縫い糸を隠す技法)のなかでも銀面をサイドに巻き込んでいく手法をとりました。

これによってソールとコバの境界線を無くすことができるため、フィドルバックの中央からのグラデーションはアッパー際まで続いています。

前方部分のコバ色である黒色はウエスト部分で消失します。

つま先はトウキャップと同じ形状で、ソールに切り込むような真鍮プレートを削り出して装着しています。

また、ホルスの木型は通常の足型の抑揚をより激しく強調するような、恐ろしいほどの立体感を持っています。

この木型だからこそ、数十本の曲線を破綻なくアッパーデザインに配することができたのだと思います。

シューツリーは3分割持ち手一体型で、この靴の彫刻らしさをより強調するものです。

八角形の杖のような突起をソールと同じようにグラデーションに染め、ニスとロウで仕上げてあります。

履く靴としての作品はインソックはキッシュザワークのロゴを箔押し、もしくは焼印で仕上げます。
ホルスはインソックまで世界観を統一して仕上げています。

チャンピオンシップの靴が月なら、ホルスは太陽です。

最後に


靴は他の趣味性の高い他ジャンルのものと比べてその価値を低く評価されがちなのでは、という個人的な問題意識があります。

例えば、近いところで言えば車、時計、デザイナーズウェアです。広く言えばアート作品全般もです。

絶対的価値に差があることは当然ですが、求められる技術や芸術性の高さに対して、世間的に評価されにくい傾向にあると思います。

それらとの大きな違いは、靴は個々の体に合わせるものということです。

個々の体型だけでなく、好みや生活スタイルまでフィットさせた、ある人にとっての最上靴は、他の人にとっての最上靴ではありません。

個々の最上を求めることが重要である以上、万人に共通する記号のような価値を生み出しにくい分野だと思います。

また、靴は身につけるものの中で最も過酷な状況に置かれるため、どうしても実用性が重視されます。
靴は履いてナンボ、という言葉はまさにこれです。

僕はそれに関してはもちろん同意します。道具としての美しさ、経年変化の美しさは間違いなく靴の良さですし追求すべきです。

しかし、技術的にはすごいけれど実際にはその性能を公道で発揮しない車。車庫で眺める車。
デジタルよりは不正確だけど精度を最大限高めたアナログ時計の機構。

など実用的には不要だとしても、ある分野でのまだ見ぬ可能性を追求するものにはロマンが詰まっています。

そしてそれを追求するということは実用製品の未来の可能性を広げるものでもあるのです。

そしてその”無駄”こそが、ある意味最高の贅沢でもあります。

そんな靴があってもいい、見てみたいな、作ってみたいな、それを目指すのがナンバーズコレクションです。

もちろん実用的な靴は作り続けます。

一方で、こういった新たな観点の靴作品も製作することで、すでに靴をご存知の方にとっては、新たな技術やデザインの発見、製作者のこだわりや意図、素材の由来などを知る楽しみが広がることでしょうし、

靴を知らない方にとってはなんだか面白い綺麗な靴があるな、ハンドメイドシューズってこういうものもあるんだと、知るきっかけの一つになるはずです。

ナンバーズコレクションは、そうして靴の世界を広げ、より良い靴がより多くの人に届くための一つの手段でもあるのです。

ですから、かっこいい靴を見るため、見たことない靴を見るため、そんなふうにお気軽な気持ちで展示会に足をお運びいただき、実物をご覧いただければ幸いです。

ありがとうございました。

※こちらの靴は展示会で販売後、展示会期中は会場にて展示させていただき、終了後郵送となります。先着順となりますのでご来場時既に売り切れの場合もあるかと思いますがご了承ください。(お手を触れないよう特別回転展示台で展示します)

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