Khish No.020 完成レビュー

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こんにちは。かわぐつのケンです。

この記事では今回製作したNo.020 Champion Reverseの完成レビューをお届けします。

今年のナンバーズコレクションは、展示会において展示し気に入った方がいらっしゃれば先着順でその場でご購入いただけます。(会期中は展示し、終了後ご郵送します)

目次

No.019 Champion Reverse 2024

No.020
Champion Reverse 2024
¥1,000,000

サイズ : なし 右足のみ(UK8:チャンピオンシップ基準)
アッパーマテリアル : Ilcea Box calf Black
ソール仕様 :
 ハンドソーン製法・アッパーフィドルバック
シューツリー : 2ピース

No.020製作の経緯

今年の5月に行われたWorld championships of shoemaking 2024 にて優勝しました。

この大会の概要や優勝靴の製作過程などはブログや動画で詳しく解説していますので下記リンクからご覧ください。

championships優勝の靴の製作工程
優勝した靴のデザイン解説

No.020 Champion Reverse 2024 はその名の通り、この優勝した靴を反転させた靴です。

Championshipでは毎年、デザインと革に指定があります。

今年はフルサドルローファーをライトブラウンのスムースレザーで作るという課題でした。

この課題を見た時、正直難しそうだと思いました。ローファーであることもそうですが、革の色指定がライトブラウンだったからです。

チャンピオンシップのような非常に攻めたシャープな靴は、色味が濃い方が見栄えがすると思いました。

黒であれば磨いた時の漆黒の光沢感が非常に映えますし、木型に走る光の筋もわかりやすい、そしてさまざまな粗が目立ちにくいです。

ライトブラウンとなると膨張色ですし、光沢感も見えづらく見栄えしないのではと考えたのです。

ただ出品することは決定事項ですからチャンピオンシップではライトブラウンの靴ではなく、金色の靴を作ろうと視点を変えました。

結果的に金色の靴は金色のメダルを獲得するに至ったわけですが、自分の中でこれがもし黒色だったらどんな靴になったのだろう、というただの靴好きとしての単純な好奇心がありました。

この靴は非常に凝った作りで、製作が「面倒すぎる」ため、もう二度と作りたくないとチャンピオンシップの製作後は思っていましたが、その見てみたいという好奇心に勝てず、今回ナンバーズコレクションとしてChampion Reverseの製作に踏み切ることとなったのです。

No.020 Champion Reverse 2024の解説

アッパー解説

チャンピオンシップの課題はエプロンを持つ、4〜5枚のパーツで作られたフルサドルローファーというものでしたので、エプロン部分には高い手縫い技術の求められるライトアングルステッチを採用しました。

ライトアングルは直角という意味で、二枚の革同士を90度になるように縫い合わせます。

片方は革の厚みの中に糸を通し、もう片方は通常の貫通穴に糸を通すことで、革の厚みの中を通った糸が革表面に凹凸を生み出し、美しい模様となります。

通常はエプロン(U字)の内側からこのライトアングルステッチを行いますが、この靴ではエプロンの外側からライトアングルステッチを行っています。

通常の内側から縫う方法

通常は内側から縫う理由として下記が考えられます。

このライトアングルを用いるデザインの場合、つま先に革の継ぎ目のあるスプリットトゥタイプが主流です。型紙や革の取りの都合上、こうした方がベターな場合が多いです。

この場合、外側からライトアングルを縫おうとすると、つま先の縫い目と干渉してしまいます。

また、もう一つの理由として考えられるのが、このライトアングルステッチの下穴開けは難易度が高いため失敗する確率が通常の手縫いに比べると若干高いはずです。

サイドのパーツはつま先から踵まで大きくつながっている

その際、エプロン内側のパーツはその外側に比べて面積が小さいため、革を取り直す際のリスクが少ないということもあるかもしれません。

チャンピオンシップの靴(Reverseも同じく)はつま先の継ぎ目がないデザインのため、そしてリスクをとって通常とは違うものを作るために、外側から縫うライトアングルを行うことにしました。

つま先には継ぎ目はありませんがセンタークリースを作り、形状を剣先のような鋭い形状にしています。

フルサドルローファーというデザインは、甲の上を通るサドルというパーツが靴の上部を横切りソールまで到達する形状になっているものを呼称します。

ハーフサドルと言ってサドルが甲の上部に乗っているだけの(横切ってソールまで到達しない)ものと比べると、フルサドルの方がどちらかというとドレッシーよりになる感覚です。

ハーフサドル

この靴ではフルサドルパーツは通常のデザインと比べると踵の後方まで非常に長くのびています。これはソールとの関係性によって生まれたデザインラインですので後ほど解説します。

踵からタンまで繋がったパーツは継ぎ目のない立体です。通常この形状にするにはどこか1箇所継ぎ目を設ける必要がありますが、あらかじめ革を木型に沿わせて立体にしておくことで、継ぎ目をなくすことが可能になります。

革靴づくりにおいて一枚革である(継ぎ目のない)という事実は、技術の証明であり贅沢の証明であり、ロマンであるという共通認識が存在します。

特にこういった完全シームレスとなるようなデザインは、かなり革に負担をかける作業を伴うため実用では個人的にはあまりおすすめしませんが、チャンピオンシップのような技術を競う場では是非取り入れたい手法です。

また、あらかじめ木型に革を沿わせて立体にしておく癖付け作業は、通常の吊り込み作業のみでは難しい特別な形状を作ることができます。それがこの靴ではタンによく表れています。

この靴のタンは大きく非常に立体的です。甲の立体感というのは木型の美しさを強調するものであるため、革の癖付けを行いアッパー縫製前にこの形状にしておく必要があります。

また、タンの特徴的な角のある形状は洋建築の内壁の装飾であるモールディングから着想を得ています。

https://studiolamomo.com/news/大きなモール壁が完成!-studio-itto1fst/

実は工房の壁もこのタイプのモールディングにしてみたかったのですが、自作ゆえ、技術と工作機械不足で直線形状になっています。(このタイプもクラシックな洋建築の壁でよく見る正統派な形状です)

アッパーのステッチに関しては、色を反転していないため、Champion Reverseは黒地に金というコントラストの強いものになっています。

革の端はとても細い絹のステッチを走らせ、そこから一歩下がったところに少し太めの糸でチェーンステッチを入れています。これも壁のモールディングから着想しました。

このチェーンはあらかじめミシンで縫った縫い目に一目ずつ手縫いで糸を絡めていったものです。

ライニングはリバースさせ、チャンピオンシップの靴のアッパーに使用した革を使っています。

チャンピオンシップでは公正な審査のために靴のブランドがわかるようなロゴの表記を禁じ、製作者を隠すことがルールです。

ロゴの入ったインソック

そのため通常であれば各シューメーカーのロゴが入るインソックは別な形で装飾を必要とします。(装飾は義務ではありません)

チャンピオンシップの靴は漆塗りの黒桟革に朧月をイメージした箔押し、そして雲を連想させるような、日本刀の装飾金具である”こじり”形状の箔押し猪革など、日本的要素を散りばめました。

チャンピオンシップの靴のインソック

Champion Reverseはその基本デザインは変えず、素材を変えています。

色反転によってライニングがライトブラウンになっているため、満月は箔押しではなく、真鍮鎚起仕上げとし、質感、立体感ともに強調するものになっています。

こじりである猪革は形状仕上げは同じながらも無染色の生成りのものを使用しました。

シューツリーを入れた時に穴から満月が覗きます。

仕上げの靴磨きはチャンピオンシップの靴と同じくTWTG石見さんにお願いしました。

ソール解説

チャンピオンシップに出品される靴はハンドソーン製法で作ることと決められている中でも、毎年オリジナリティのあるさまざまな形状をしたものがあります。

僕は出品にあたって、大会史上初のウエストレスソールに挑戦しました。土踏まず部分のソールがなく、ソールとヒールが完全に分離しているものです。

オリジナリティを追い求めること自体も大きな理由の一つですが、今回の課題であるローファーだからこそウエストレスというアイデアを思いつきました。

ローファーの製法の一つにモカシン製法というものがあります。

モカシン製法は通常の靴の作り方と全く異なり、ソール側から革を吊り込みます。こうすることによって足裏をアッパーの革がまるっと包み込み、柔らかい履き心地を得ることができるというものです。

ソール側から吊り込まれた革はアッパーのエプロン(U字ステッチ)によって甲側と縫合されます。

こうした製法がモカシン(ローファーのデザイン)にはあることから、アッパーの革がソールまで回り込み足を包む形状になっているという構造を取り入れたいと考えました。

この靴はモカシン製法とは全く違う別物ですが、課題がローファーだからこそ、モカシン製法を新たな解釈として取り入れたウエストレスの形状、アッパーフィドルバックが意味を持つはずです。

こうした伝統製法や歴史の文脈の中での新たな解釈や、流れを汲んだデザインというのは個人的にとても好きな手法です。

(アッパーフィドルバック:本来ソールで行う意匠であるフィドルバックをアッパーで表現するもの;自分で命名しました)

アッパーフィドルバックは、本来ソールがあるべき土踏まず部分をアッパーの革で覆い、革の接続方法はエプロン部分でも用いたライトアングルステッチです。

特徴的なステッチの模様が本来ここにあるべきソールの形状を描きヒールまで繋がっています。

先述したフルサドルパーツのが長い形状をしている理由というのはこの形状を実現するためのものでした。

ヒールは内部を繰り抜かれた馬蹄形をしています。

実はチャンピオンシップでは流行のディテールというものがあり、馬蹄ヒールはその最たるものです。

もちろんそれに便乗したという側面はありますが、もっと重要なことは内部が繰り抜かれていることによって、アッパーフィドルバックの中央の突起をより長く見せることができるということです。

これによってソールの美しさは強調され、アッパーが靴の裏まで回り込んでいる面積を増やすことができます。

つま先には真鍮プレートを装着していますが、形状が非常に攻撃的です。剣先のようなクリースを入れた鋭いトゥシェイプに合わせたものです。

チャンピオンシップではソール仕上げはナチュラル、コバは茶色という指定があります。

Champion Reverseはオールブラックです。

チャンピオンシップの靴の方がアッパーとソールの色に違いがあるため、ソールの形状が異質であることが一目でわかります。

逆にChampion Reverseは全て黒なので一瞬ソールの異質さに気づかないほど溶け込んでおり、一体感と重厚感があります。

色が違うだけで全く印象が異なるものになっているのが非常に面白く、やはりこれは実物を製作してみることによって得られる楽しさだなと感じます。

シューツリー解説

チャンピオンシップの靴はシューツリーは村上木彫堆朱の職人さんにお願いした漆塗り仕上げのものです。

漆塗りの恐ろしいまでの光沢と曲線美があります。

Champion Reverseのツリーはアッパーと同じく色反転し、金色です。

金色といっても金色に塗ったわけではなく、金色っぽい染料で木を染め、ニスで仕上げています。

木の導管にニスが入り込み、光に照らすとキラキラ輝きます。

持ち手部分には真鍮プレートを取り付けています。

この形状はタンの特徴的な形状と呼応するものです。

アップデートしたポイント

チャンピオンシップの靴は試作を重ねましたが、本番を製作したのはあの靴ただ一足(片足)のみです。

そのため実際に製作してみて分かったことがたくさんあります。

本番前には全ての工程を頭の中で何度もシミュレーションし、形状と作業手順を実現可能なものと判断してから製作に入っていますが、実物を作ってみてわずかに想像と異なる仕上がりになった部分が大きく三つあります。

Champion Reverseはその三つに関してアップデートを行いました。

アッパーフィドルバック形状

アッパーフィドルバックとソールはそこに本来あるべき半カラスソールの形状を模しています。

ウエストの両サイドのライトアングルステッチは、本来そこにあるべきソール形状を表しているため、前方のソールと滑らかにつながっている必要があります。チャンピオンシップの靴では中底の設定上はそうなるはずでしたが、ウェルト幅やソールの張り出しによってソールからウエストへの繋がりが連続性に乏しいラインになってしまったことが誤算でした。

Champion Reverseではアッパーフィドルバックの前方の曲線をより強く広がるものに改善し、より滑らかなつながりを意識しました。どうしても製作上の都合によって、これよりも連続性を出すことが難しいのですが、比較するとかなり改善されていることがわかります。

また前方のソールがウエストにかけて消失する中央の突起部分ですが、こちらもより半カラスソールの塗り分け形状に近くなるような鋭いものに改善しました。

これはオールブラックソールにしたことで、コバとソール面の塗り分けが必要なくなったことから可能になった仕様でもあります。より立体感とシャープな曲線美を感じさせる形状となっています。

ヒールの釘

チャンピオンシップの靴は馬蹄形ヒールの外周を真鍮飾り釘を打ち込み装飾しています。

正直なところヒールに釘を打った際、少し太かったかなと感じました。

Champion Reverseでは1mm以下の極細真鍮釘(釘というよりはピン)を本数を増やして打ち込むことにより、繊細で緻密な本来求めていた意匠になりました。

また、釘を細くしたことにより、馬蹄ヒールの幅もわずかに細くすることができ、形状的にもシャープなものになっていることがわかります。

こうして比較してみるとわずかな形状の差と色の差によって全くといっていいほど違うものになっていることがわかります。

シューツリー形状

チャンピオンシップの漆塗りツリーは非常に美しい曲線美を持ち、特に持ち手部分が掘り込まれた独特の形状をしています。

この形状と漆塗りの光沢のマッチングは凄まじいものがあり、靴の中に入れてしまうのが勿体無いほどです。

しかし、このシューツリーが完成し靴に入れた時にわずかな違和感を覚えました。

ローファーのトップラインは紐靴と比べて直線的です。そこにいきなり超曲線的なツリーの持ち手が飛び出してくることに若干の違和感を覚えたのです。

もちろん十分美しいですし一つの正解だとは思いますが、これをトップラインの形状に合わせるような持ち手だったらどうだっただろうか、とその時考えました。

Champion Reverseではそれを現実にするべくトップラインの形状に合わせた持ち手に加工しています。

この靴は直線的になりがちなローファーのトップラインをわずかに曲線的にしています。よってシューツリーのトップラインも呼応するような曲線です。

Championship Reverse 2024とChampionship 2024

チャンピオンシップの靴は製作の様子を詳しく解説していますのでこちらの記事をご覧ください。

最後に

靴を作り始めた頃から夢見たWorld championship of Shoemakingで一位を獲得すること。

今年それを達成し、そこからいろいろなことが大きく動き始めているのを感じます。

Champion Reverseは今年2月、3月ごろの大会までの製作期間をあらためて振り返りながら製作していました。よくこんなものを作ったなと思いながら、それを再現性を持って製作している現在の自分にも驚きました。

また、先述した大きなアップデートポイントの他にも細部のディテールや精度を上げることを意識して製作しました。製作するたびに自分のなかでまだまだ成長を感じます。

来年もWorld Championship of Shoemaking 2025が開催されることが決定しています。

腕を磨き、靴の新たな世界を広げていくためにも連覇を目標に出品する覚悟です。

ぜひ今後とも応援と注目のほどよろしくお願いします。

まずは4足出揃いました、ナンバーズコレクション017~020を展示会にてご覧ください。

こちらの靴は展示会で販売後、展示会期中は会場にて展示させていただき、終了後郵送となります。(お手を触れないよう特別回転展示台で展示します)

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