今年も「World Championships of Shoemaking」に出品しました。
この大会は2018年に始まり、今回は第6回の開催となります(コロナ禍により数年間の中断を挟みました)。
毎年5月、ロンドンで開催される「Super Trunk Show」の場で実施され、
Shoe Patina部門、Shoe Shining部門、Shoemaking部門の3部門で競われます。
Shoemaking部門では、事前に製作した靴をロンドンに発送し、審査を経て「Super Trunk Show」当日に結果が発表されます。
昨年、私はこの大会に初出品し、ありがたいことに優勝することができました。
今年は二連覇を目指しての挑戦となりました。
今年の募集要項や、昨年の作品の制作については、下記の記事をご覧ください。


製作工程
この靴の製作は一部始終を動画にしていますのでそちらも合わせてご覧ください。
この記事ではより詳しい部分や製作のポイントを解説します。
木型
今回の大会用に新たに木型を作りました。ナンバーズコレクションNo.018のホルスをベースにしながら、よりシャープなスクエアトゥを製作しました。



型紙
型紙はアップルピールパターンと呼ばれることもあるスパイラル状になっています。

規定により、2パーツ以上で構成する必要があるため、キャップは別パーツとして設計しました。
今回使用した型紙には、「アップルピールパターン」であること以外にも、もう一つ大きな特徴があります。
それは、型紙同士が物理的に重なり合っているという点です。通常であれば、重なった部分では革の裁断ができないため、成立しない構造です。
このような型紙になった理由は、アップルピールの特性に加え、今回のデザインと木型の形状にあります。
本来アップルピールパターンは、通常の型紙作成手法をそのまま当てはめると、しばしばパーツが重なる構造になってしまいます。これを重ならないように調整して仕上げるのが、アップルピール型紙の難しさであり、一般的な型紙とは異なる特徴です。
しかし、今回のデザインは、その調整の範囲を超えており、どうしても重なりを避けることができませんでした。
それでもこのデザインを採用したかったため、アッパーの製作工程に工夫を加え、重なりの問題を構造的に解決しています。
アッパー
アッパーの革はダークブラウンのボックスカーフ。ゾンタ社のゴルダニールカーフです。
これを重なった型紙が収まるように荒めに裁断し、水に浸し柔らかくしたものを引っ張りながら釘で板に固定します。そのまま乾燥させ癖をつけます。

ここで型紙の重なりと同じように革を重ねさせます。

本来重なることのできないカウンターと甲部ストラップ部分が重なり合っています。
重なりしろがかなり大きいので引っ張った時の革の伸びをあらかじめ計算した型紙になっています。

この癖付けした革をりんごの皮剥きのように螺旋状に革を貼り合わせます。

縫製
靴は小さな世界です。
完成形は、わずか30cmほどの靴のかたちをした立体物に過ぎません。
しかしその中には、ダイナミックな木型の造形と、1mm以下の精密な作業の積み重ねが詰め込まれています。
今回は、一見するとごく普通のダブルモンクシューズに見えるデザインの中に、
華やかさと奥行きを感じさせる細部の工夫を丁寧に重ねていきました。
縫製のメインとなるのはミシンとハンドを織り交ぜながら縫い上げた三種類のステッチです。
まずは一種類目。
外側のカウンターから内側のロングヴァンプを描くこのラインはミシンでまず糸穴のみを開けます。


この穴を使ってNo.019で用いた編み込みの手法を用いて(さらに細かく)革の断面を隠すように手縫いします。
これにより革の繋ぎ目が見えず、構造的に少し不思議な見た目になります。
この時ミシンで開ける穴は2列になっていて、この2列は完全に隣り合った穴になるよう調整しています。



さらにその下にミシンで一本通常のステッチをかけます。

次は二種類目のステッチ。
キャップパーツは4重ステッチで、全ての糸目が互い違いに並ぶように運針を調整しています。
穴が横並びにならないことで隣り合うステッチ列をより近づけることができます。これにより4列に並んだステッチが網目模様の飾りのようにも見えてきます。

次は三種類目のステッチです。
トップラインはダブルスネークステッチと呼ぶことにします。
キャップと同じように互い違いに並べたダブルステッチの糸の間を、蛇のように飾り糸をくねらせ絡めて装飾をしています。


たった1〜1.5mm程度の幅のステッチですが、シングルステッチと比べると立体的で華やかな印象を与えます。
ライニングも華やかな遊びを効かせました。
バーガンディのゴートレザーとキャメルのカーフのコンビです。


レースのような反復形でトップラインに合わせたゴートレザー。そしてそこに沿うようにチェーンステッチをしています。
バックルは真鍮の既製品を削り、細くシャープな面取り長方形に加工、その後業社に委託してローズゴールドメッキをかけています。
ダークブラウンの革にバーガンディの糸、ライニング、ローズゴールドメッキのバックルと、色味の華やかさも狙っています。


吊り込みとすくい縫い
吊り込みとすくい縫いは、普段製作しているハンドソーン製法の工程と同様です。
木型がかなりシャープで抑揚がある形なので、しっかりと革を沿わせて立体的にしていきます。




ウエストはタイト目に絞り込んでいます。

ここで、かなりギリギリにウェルト幅を攻め込みます。
ウェルトの幅は通常であれば、ソールを縫い終えた後に再調整しますが、今回の靴は後で調整ができないため形状をここで決め切ります。


コルクを詰めていきます。

コルクの上にシャンクを入れます。ウエスト部分は革を二重に入れて立体感と強度を出します。
ウェルトはこの時点で染色し、ある程度仕上げてあります。

底縫い
ソールは、ハーフミッドソールとベヴェルドウエストという特徴的な仕様になっています。
さらに今回は、二段ウェルトを採用しました。
一般的に二段ウェルトは、重厚で無骨な靴に用いられることが多く、
その理由は、コバの張り出しと縫い目の存在感が際立つためです。
しかし今回注目したのは、「ゴツさ」ではなく、装飾性としての二段ウェルトです。
縫い目が二列になることで生まれる視覚的な装飾効果に着目し、
それを繊細かつドレッシーに凝縮させることで、無骨さを抑えつつ、
装飾的な美しさだけを抽出したような二段ウェルトに仕上げました。


一段目に見えるのがウェルト(茶色のギザギザ付き)、その下に付いているベージュの革がミッドソールです。
一回目の出し縫いではウェルトとミッドソールを縫い合わせています。

ウエストの盛り上がりからハーフミッドソールのつながりをコルクで調整します。



2回目の出し縫いはミッドソールをウェルトがわりにしてアウトソールと縫い付けています。
したがってこの靴はハーフミッドソールですが(つまり前方はダブルソール)、コバの厚みはシングルソールと同等です。

コバ仕上げとヒール積み上げ
コバの形を丁寧に整え、ヒールを一層ずつ積み上げていきます。
通常の靴では、縫い目は一列ですが、今回の靴は二列の出し縫いを施しています。
そのため、単純に考えればコバの張り出しは二倍になるはずです。
しかし今回は、ドレッシーな印象に仕上げるため、あえてコバ幅を通常の靴と同程度まで攻め込んでいます。
その実現のために、出し縫いの位置は一般的な靴とは異なる位置に設定し、コバ幅をできるだけ抑えられるよう調整しました。


積み上げヒールは通常よりも薄い革を重ねて作っていきます。
レイヤーが細かく見えることで繊細な印象につながります。



真鍮釘を外側ギリギリに打ち込みます。
ヒール形状や飾り釘は19世紀の靴作り競技大会の資料をもとにオマージュしています。


大会作品といえば、通常の靴には見られない独特な構造やディテールを備えたソールが特徴のひとつです。
しかしソール面も含めて今回の作品ではクラシックな印象に仕上げたいと考え、装飾はあくまで控えめかつ最小限にとどめソール造形の美しさをひたすらに追い求めました。
その中でも特徴的で主張する意匠として製作したのが、埋め込まれた真鍮です。
ヒールの形状に合わせて内部に金属を高精度で埋め込むことで、
後部先端の突起や、ヒール前方の角ばった「アゴ」形状を際立たせる狙いがあります。
(アゴ形状は19世紀大会のオマージュでもあります)
この意匠は、現在の大会で流行している馬蹄形ヒールに対する、
あえての対抗ともいえる表現です。
昨年の作品では馬蹄形ヒールを取り入れましたが、今回はそれを抽象化した新たな形として表現しました。




今回の靴はソールの造形の美しさをシンプルに表現したかったため、つま先のプレートはあえてつけませんでした。ヒールと同じようにギリギリに釘を打ち込みました。

ソール仕上げ
コバ色はダークブラウン、ソールはナチュラル仕上げと、レギュレーションにより規定された通りに仕上げます。
ソールは仕上げ剤を塗り磨きます。

コバはダークブラウンのインクを入れ、蝋で磨きます。






インソックとシューツリー
インソックは先述した19世紀大会からもらったデザインと、建築様式のアール・ヌーヴォーのイメージを合わせてデザイン。
細かいステッチを施しています。

昨年の作品ではシューツリーは漆仕上げにしましたが、今回はクラシックなビスポークシューズに入っているようなアンティーク家具調の仕上げにしました。導管に染料とニスが入り込み輝く様が美しいです。
(シューツリーは審査対象外)
内側は大胆にくり抜いています。


インソックとシューツリーには、実は密接な関係があります。
シューツリーのヒール側には大きな穴が空いており、靴に挿入した際にはその穴からインソックのデザインが覗く構造になっています。
今回は、シューツリーを製作したあとで、それに合わせてインソックのデザインを行いました。
ここで問題になるのが、
「木型のヒールセンター」と「ラストのセンターライン」にはズレがあるという点です。
インソックのデザインは、靴の印象を大きく左右するため、
シューツリーを入れた状態でも、抜いた状態でも美しく見える必要があります。
しかし、インソックの中心線はヒールセンターを基準に配置される一方で、
シューツリーの穴はラストセンターに開けられるため、
それぞれの「中心」が一致しないという問題が生じます。

つまり、シューツリーを入れたときに、穴から見えるインソックのデザインがズレてしまうのです。
抜いた状態だけを基準にデザインしてしまうと、展示時に美しく見えません。
この問題は、シューツリーに大きな穴を開けるヒンジ式特有のものなので、このタイプではないシューツリーを製作すれば、このセンターずれ問題は発生しません。
しかし、今回はライニングのデザインを展示時(=シューツリーを入れた状態)に見せたいという意図があったため、あえてこの構造を採用しました。
(※実は昨年の作品でも、同様の工夫をしています)

これを解決するためインソックデザインの方を内外非対称デザインとし、草木模様の自然さと、シューツリーから覗く紋章のような模様を表現しました。


完成
「クラシック」「精緻」をテーマにしたダブルモンクシューズが完成しました。
もちろんこれは大会用の靴であり、いわゆる“純然たるクラシックシューズ”ではありません。
それでも、新しい技術やさまざまなストーリーを取り入れつつ、あくまでクラシックな靴づくりの枠の中に収めることを意識しました。
今回の大会作品として、自分が作りたかった理想のかたちが、しっかりと具現化できたと思います。



















二連覇をかけて
大会の結果は2025年5月10日のロンドン時間17:30 (日本時間11日1:30)に発表されました。
結果は「3位」でした。
正直なところ、非常に悔しく、不本意な結果です。
自分自身の中では優勝することしか考えていませんでしたし、優勝する自信もありました。
応援してくださっている方々からは、
「3位でも本当にすごい」
「よく頑張ったね」
「誇りに思うよ」
そんな温かい言葉をたくさんいただきました。
本当にありがとうございます。
「どう声をかけていいかわからなかった」と言われることもありますが、
ただ「おめでとう」と純粋に言っていただけるだけでも、僕にとってはとても嬉しいことです。
ただ、僕の中には、前回優勝者として「絶対に負けられない」という思いがありました。
(もちろん、“負け”という表現がこの大会にふさわしいかどうかは別として)
二連覇を果たすこと。
この靴で優勝すること。
その思いは、使命感のように強く、自分自身に課したテーマでもありました。
大会の変遷

この大会は2018年から始まり、今年で6回目。
回を重ねるごとに、大会の性質も少しずつ変わってきました。
初期の大会は、クラシックな革靴にささやかなアクセントを加える程度の作品が多く、
“いかにも革靴らしい”作品が並ぶ、ある種の美しさがありました。
その反面、やや個性に欠ける側面もありました。
やがて、歴代優勝者たちの技法や、話題をさらった作品の影響を受け、
大会の出品作は年々進化し、より複雑で個性的な表現が求められる傾向が強くなりました。
もはや、ただ“きれいでカッコいいクラシックシューズ”を作るだけでは評価されない。
「なにか変わったことをしなければ評価されない大会」になったと、僕は感じています。
そのような流れの中で、クラシックシューズを得意とする職人たちは、
大会から少しずつ距離を置くようになってきました。
(そもそも最初から興味がない人、時間がない人、苦手な人など、理由は様々だと思います)
ただ、大会の本質を考えると、それは当然のこととも言えます。
この大会は「世界一の靴職人を決める場」ではなく、
あくまで、その年に出品された靴の中で最も優れた作品を選ぶ場です。
つまり、靴職人に求められる幅広い実用技術や経験を評価する大会ではありません。
むしろ、アイデア・表現力・作業精度といったアート的な要素が競われる、
全く別ジャンルの競技と言っても過言ではないと思います。
それでも僕は、こうした大会のあり方を肯定的に受け止めている側です。
僕自身、こういう場に向いていると思っていましたし、何より見ていて楽しい。
また、この大会で考案された技術に近いものが製品に落とし込まれることも少なからずあります。
そして何よりも、まだ無名の職人が世界に名前を広めるためのきっかけとして、
この大会には大きな意味があると思っています。
昨年は、過去の大会を徹底的に研究し、
「この大会で勝つための靴」を製作し、優勝しました。
まさに、大会が図らずとも築いてきた流れにしっかり乗るかたちでの挑戦でした。

そして、優勝が決まった瞬間から、
「来年も出そう」「二連覇を狙おう」と決めました。
過去5大会で、一度優勝した後に再び出品した人は、誰もいません。
その前例のない挑戦を、自分がやらない理由はありませんでした。
ただし、前回と同じような靴を出すつもりはありませんでした。
靴づくりは、常に進化していなければならないからです。
製作する靴の意義
僕が尊敬する靴職人の一人に、村田英治さんがいます。
村田さんは2019年のWorld Championships of Shoemaking(第2回大会)で3位に入賞されました。
当時はまだ大会の歴史も浅く、現在ほど個性が突出した作品は少なかったとはいえ、大会ならではの表現にあふれた靴が多く並んでいました。
そんな中、村田さんが製作したのは、ど真ん中のクラシックシューズ。
普段のビスポーク製作とほとんど変わらないデザイン・工程で作られ、持ち前の“目を疑うような超精度”で仕上げられた作品でした。
今でも、あの靴を超える精度の靴は大会に出品されていないのではないかと、僕は思っています。
そんな圧倒的な技術、そして飾らない人柄も含めて、僕は村田さんを心から尊敬しています。

しかし、結果は3位でした。
村田さんご本人はあまり気にされていないかもしれませんが、
この結果は、たとえどれほど高い技術を持っていても、順位を獲得するためには大会らしいアイデアや表現が重要であることを改めて突きつけられる出来事だったように思います。
以降の大会でも、「3位になる靴」にはある種の傾向があるように感じてきました。
それは、非常にクリーンで精度が高いが、特別突き抜けた何かがない靴——
つまり、1位にはならないけれど、確かな完成度によって表彰台には上がる、というポジションです。
(もちろん、大会の順位は「難易度」「実行力」「美しさ」の3項目の合計点で決まり、あくまで偶然そのような結果になっているのだと思いますが、一定の傾向として受け止められている部分もあると思います)
前回、僕が製作した靴はまさに「大会らしい靴」でした。
審査で評価されやすい要素をしっかり押さえ、優勝を狙って設計した靴です。
中でも特筆すべき構造の一つが、ウエスト(土踏まず)のソールを完全に排除した点でした。
これは、大会の流れとして「ウエストをどんどん細くし、ソール造形を極限まで突き詰めていく」という傾向が強まっていたことを受けたものです。
僕がやらずとも、遅かれ早かれ「ウエストのソールを無くす」という極限表現に至ることは明白だったと思います。

実際、他の作品でもウエストのソールが無い靴は出品されており、
その結果、翌年(2025年)の大会では「ウエスト部分にも必ずウェルトを設けること」というルールが新たに加えられました。
それを見たとき、僕はこう思いました。
「今こそ、原点回帰すべき時なのではないか」と。
クラシックな革靴を追求する大会から、芸術作品のような靴が競われる大会へと変貌してきた今、
あえて“クラシックシューズを作ること”こそが、逆に新しい挑戦になると感じたのです。
表彰台には上がるけれども、1位には届かない「三位ポジション」にあるような靴。
そんな靴で、あらためて優勝することができたなら——
それは、この大会におけるクラシックシューズの価値を再定義することにつながるのではないか。
そして自分自身が、1回目の優勝では得られなかった本当の意味での“靴づくりの大会”の優勝者になれるのではないか。
そう考えたのです。
正直なところ、自惚れがあったのかもしれません。
でも、それが大会そのものの幅を広げることにもつながるのではないかと信じていました。
もちろん、ただのクラシックシューズでは到底勝ち目がないということも分かっていました。
だからこそ、今回のテーマはこうです:
クラシックシューズの枠組みの中に収めつつ、
そこに新しい技術・表現・構造を盛り込み、
そしてそれらの精度を極限まで高めることで、
“評価せざるを得ない靴”をつくる。
これが、今回の自分にとっての挑戦であり、作品のコンセプトでした。
クラシックであるために
実際のところ、「クラシックシューズ」といっても明確な定義があるわけではありません。
今回製作した靴を“クラシック”と感じるかどうかは、人それぞれの解釈に委ねられる部分も大きいと思います。
それでも、自分の中では一つの線引きを持って、クラシックシューズとして成立させるための要素を意識して製作しました。
まず第一に、デザインラインが一見してごく一般的なダブルモンクに見えることです。
靴において「見慣れていること」は非常に重要な要素だと考えています。
人は見慣れたものには自然と安心感を覚え、スッと受け入れやすくなります。
逆に、見慣れないデザインは好き嫌いが大きく分かれ、評価も不安定になりがちです。
つまり、クラシックと呼べる靴であるためには、多くの人にとって「自然に感じられる形」である必要があると考えています。

次に、技術的にも、一般的な靴作りの範囲内に収めること。
例えば、昨年製作した“ウエストのないソール”は、あくまで芸術的部分に踏み込んだ挑戦であり、実用性を持った靴ではありません。
今回の靴も実用的ではありませんが、実際に履くことを想定した延長線上での工夫や精度の追求に留めました。
また、見どころとなるソールはなるべくシンプルで極限的に美しく仕上げることを意識しました。

また、ラストの形状にもこだわりました。
大会用のラストは、個性的な造形を求めるが故、現実の足形とは異なるものになりがちです。
それでも僕は、実際の足の特徴を意識したうえで、その延長線上にある「極端さ」を表現するように心がけました。
単にアートとしての造形ではなく、足の存在を感じられる靴であること。
これもクラシックを意識する上で、重要な視点だと考えています。

さらに、クラシックシューズを考える上で、19世紀の靴競技大会をひとつの参考にしました。
実は100~200年ほど前にも、すでに靴職人による競技大会が存在していたようで、
現在のWorld Championships of Shoemakingは、そうした歴史の復刻もひとつの目的として始まった経緯があります。
200年前に作られた靴こそ、まさに「クラシック」と呼ぶにふさわしい存在です。
そうした過去の大会へのリスペクトも込めて、当時の靴のデザインから一部要素を引用し、作品に反映させました。


最後に
こうして、自分が「今回つくるべき靴」を明確にし、
そのイメージを正確にかたちにするべく試作を重ね、本番に向けて具現化していきました。
この靴が完璧だったかと言えば、決してそうではありません。
綿密に製作計画を立てたにもかかわらず、どうしても避けられなかった問題点や、
自身の技術力が及ばず、精度を高めきれなかった部分など、改善すべき点は確かにあります。
それでも、昨年の作品と比べて格段に精度は向上し、
デザインの完成度にも高い手応えを感じています。
製作した自分が言うのも何ですが、眺めているとどこか惹き込まれるような、
そんな魅力を宿した一足になったのではないかと感じています。

それでも結果は「三位」でした。
もちろん、こうした審美的・芸術的な要素を持つ作品は、
見る人によって評価が分かれるものであり、
順位がすべてを語るものではないことも、よく分かっています。
ただ、優勝しか見ていなかった自分にとっては、
この結果はやはり心に堪えるものがありました。
正直なところ、もっと評価されてもよいのではないかと感じた部分もあります。
自分が目指した方向性や表現が、今の大会の評価基準とは少し噛み合わなかったのかもしれません。
それでも、自分が納得できる一足をつくることができ、
そしてそれを見て「素晴らしい」と言ってくださる方がいたことは、
本当に大きな救いであり、励みになりました。
昨年に続き、また三位という結果を得られたからといって、
自分が「世界で3番目の靴職人」であるとは、当然ながら思っていません。
むしろ、まだまだ学ぶべきことは数多くあり、技術も表現も、さらなる成長の余地を強く実感しています。
先にも述べたとおり、この大会は生業としての靴づくりの技術を競う場ではありません。
お客さんと向き合い、日常の仕事のなかでこそ求められる、靴職人として本当に大切な技術の多くは、
この大会の評価軸には含まれていません。
それでも、こうした場に身を置くことで、
いつもとは異なる視点から靴と向き合い、自分自身の技術や姿勢を改めて見つめ直すことができました。
その意味では、大会を通じて得られたものも確かにあったと感じています。
幸いなことに、Khish the Workの「ナンバーズコレクション」は一点ものの作品群であり、実用性にとらわれない靴づくり、芸術的な表現にも挑戦することができる場です。


そういった場所も活かしながら、
お客様お一人おひとりに寄り添った実用的な靴づくりも、より一層レベルアップさせていけるよう、
これからも技術を磨き続けてまいります。
今後とも、変わらぬご支援を賜れましたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
Khish the Work 代表 菱沼 乾
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