2024年5月4日にロンドンにて開催されたWorld Championships of Shoemaking 2024、靴作り世界大会にて優勝することができました。
応援ありがとうございました。
この記事では大会の概要と製作過程について写真で詳細に解説します。
World Championships of Shoemaking
靴ブログShoegazing.comの運営者であるJesper Ingevaldsson氏を中心に2018年から開催され今年で五回目(コロナ禍で休止期間含む)となるWorld Championships of Shoemakingは、かつて行われていた靴のコンペティションを復刻すべく始まりました。
世界中からプロアマ問わず応募があります。
こちらが今年の募集内容です。
2023年以前の作品はこちら
ロンドンスーパートランクショーとして、数々の靴メーカーやシューケアメーカーの展示と合わせて、この靴作り、靴磨き、パティーヌの三つの分野でそれぞれ大会が行われます。
靴磨きとパティーヌは事前の写真選考により選出されたそれぞれ三名の方々が当日競技を行います。
靴作りは事前の募集に沿って靴を製作し送ったものを審査され当日結果が発表されます。
結果発表のライブ配信はこちら
優勝した靴
今回の課題であるライトブラウンのカーフを使ったフルサドルローファーに沿いながら、オリジナリティを盛り込み製作しました。
複雑な製作過程
通常の靴ではありえない複雑な工程を含む製作過程すべてを撮影し動画にしました。
今回のチャンピオンシップ専用に木型を製作しました。
ローファーは紐靴と大きく異なるポイントとして紐がないこと、それに伴うサドルとタンの主張だと思います。
タンの大きさと立ち上がり感が靴の印象を大きく変えると考えたため、木型の甲の造形は特に念入りに製作しました。
つま先は後程吊りこみの際にも出てきますが、形状をセンターにエッジの出たものにしました。
ラウンドでもスクエアでもないダイヤモンド型(?)矢印のような形状です。
ヒールカップは丸みが上に上がるにつれて少し逆に反りながらすぼまる形状になっています。
アッパーはゾンタのネバダバーニッシュカーフで、エプロンフロント部分は逆ライトアングルステッチを施しています。つま先のデザインラインがトウシェイプに合わせたダイヤモンド型になっています。
カウンターに当たるアッパーはタンとつなげて完全なシームレスにするため、まず木型に革をかぶせるようにして吊り込みました。そこに直接デザインラインを描きそれに沿って木型上でカットしました。
シームレスホールカットの技術を盛り込むのと同時に、大きなタンに木型の甲形状を覚えさせることで立体的な造形になっています。
シームレスヒール。
このシームレスホールカットは革に非常に無理な負担をかけるため、実用靴ではあまりお勧めできません。
アッパーの糸は極細の絹糸で端部を細かく縫い、一歩下がったところを太番手で少し粗めにミシンで縫っています。その後一目ずつ手縫いでチェーンステッチをかけていきました。
完成したアッパー。革はライトブラウンですが、金色をイメージしてそれに合う色の革を探しました。また糸も金色のイメージに合うものを複数試し、決定しました。ライニングは金色を強調するために黒。
中底を木型に沿わせ、掬い縫いのためのリブの加工をしました。
ウエスト部分は中底の上にさらに革を盛り、あらかじめフィドルバックの形状を造形しています。ウエスト部分にソールはつけないためリブ加工はありません。
ウエスト底面にアッパーの革を吊り込み沿わせます。フィドルバックの形状をしっかり浮き上がらせます。
中底に盛った革形状部分に合うように正確にカットしました。
吊り込みの途中。先芯をまとめました。
ウエスト部のフィドルバックは一旦中底から外し、その部分を覆うようにウエストまでアッパーを吊りこんでいます。
先芯は木型の形を反映するようにセンターとサイドにエッジを出しています。
さらにセンターに糸を隠して入れることでセンタークリースを強調します。
吊り込み完了
フィドルバック部分にはスキンステッチの穴を開けておきました。
靴本体側はフィドルバック部分がぴったり合うように正確にカットし、縫い穴を開けました。
靴本体のウエスト部分は吊り込みの際に中底、ライニング、アッパーにノリをしっかり塗り、釘を抜いても緩まないようになっています。
ヒール部分はすでに縫って固定しています。
フィドルバックをはめ込みスキンステッチを縫います。
アッパー製作時のスキンステッチと異なりすべてが固定されているので非常に縫いづらいです。
フィドルバックを縫い終えたところ。ぴったりはめ込まれています。
前部分にウェルトを手縫いしました。
前半分をコルクで埋めました。
あらかじめ全周ドブ起こししたソールを接着しました。ソールは一晩水につけて柔らかくしてあります。
18spiでウィールをかけ、ソールステッチをかけます。
spiとはstitch per inchのことで1インチの中に何針縫うかという縫い目の細かさを表す数字です。今回は1インチに18針。
ウエストの奥まった部分はベヴェルドウエストのようにウェルトを薄く加工して縫っています。
縫い終えたところ。
ソールがウエストにかかる突起部分は針が入らず縫うことができないため、木釘で中底まで貫通してソールを固定しています。
フラップを閉じてソール面をやすり掛けします。この時点でコバの形状も整えています。
馬蹄形ヒールを積み始めます。アッパーの継ぎ目を隠し、ウエストのスキンステッチの位置、アッパーのフルサドルのラインに合わせます。
ウエストにアッパーが回り込んでいるこの靴の特殊性を強く示すために、ヒールをくりぬいて馬蹄形にする必要があります。
薄く漉いた底材を切り出しました。ヒールのレイヤーを何重にも積み重ね、繊細さを表現します。
水に浸したヒール用の革を一枚ずつノリを塗って重ねていきます。
ノリは水溶性のため濡れた革に効果的で、乾くと革の硬化とともによく締まります。
しっかりずれなく固定するため、数枚ごとに木釘を打ち込みます。
ノリと革が乾く間クランプで圧力をかけ締め固めます。
硬化後、成型した馬蹄形ヒール。靴につける前に加工しておくことで内部の仕上げが容易になります。この時点で靴側の馬蹄形と合うように削ってあります。
靴本体にヒールをつけ、長い釘で貫通して固定します。
ヒールは美しく装飾するため、真鍮の化粧釘を細かい間隔で並べて打ち込みます。
2mmの真鍮版から特別な形状のプレートを切り出し、つま先に装着します。
この靴は実用しないので単なる装飾ですが、実用靴においてつま先は削れやすいので、金属で補強することが往々にしてあります。
磨き上げた真鍮プレート
最終的に磨いて仕上げたソール
レギュレーションにのっとって、コバは茶色、ソールはナチュラル仕上げです。
コバにはロウを塗り溶かしてつやを出しています。
インソック(中敷き)は黒桟革「極」に満月の箔押し。黒桟革は牛シボ革の表面に漆を塗りあげた革で、古来から甲冑に使われた日本の伝統革です。
最後部にはこじりの形状(日本刀の鞘の先端に付ける金具)を模した猪革(害獣駆除された野生の猪を有効活用すべく鞣された国産革)に、もやがかかったような箔押しをしたものを縫っています。
シューツリーの製作も自ら行いました。
木型を複製したもの(木型屋さんに依頼)を2ピースシューツリーの形状に加工します。
ヒンジ部は流線形にバンドソーを使って切断し、ヒールカップは後方に反りかえるような形状に加工。
ヒール部分は内部をえぐるように削ります。
徳利を彷彿とさせるくびれのきいたエレガントな造形に仕上がったツリーのヒールパーツ。
真鍮のヒンジをつけた全体像。
シューツリーは漆塗りで仕上げます。
新潟県村上市の伝統工芸である、村上木彫堆朱。
鈴木漆器店の鈴木伸也氏に漆塗りをお願いしました。
村上では彫り師と塗り師がそれぞれ分かれて作業を行うことが多い中で、鈴木氏は両方一人で行います。今回のシューツリーに木彫りはありませんので塗りをお願いしました。
自作のタンポンに漆をつけ全体にまんべんなく乗せていきます。(塗っているシューツリーは大会のものとは別物)
その後刷毛で塗りムラや溜まりが出ないように慎重に塗っていきます。
堆黒と呼ばれる仕上げで、黒い顔料を混ぜた漆を塗っては磨いてを繰り返して深い光沢を出していきます。
磨きながら凹凸感がないかよく見て、また塗りなおしてをひたすら繰り返します。
仕上げの靴磨きは靴磨き選手権日本チャンピオンで、大阪の靴磨き店THE WAY THINGS GOを営む石見豪氏にお願いしました。
金色のように見える透明感と光沢感を最大限に高める磨きです。
ライトブラウンの磨きは色むらなど出がちだと思いますが非常に美しく仕上げていただきました。
これらの数多くの工程を経て靴が完成しました。
完成した靴
最後に
World Championships of Shoemakingは僕にとっては靴を始めた2019年から憧れの場で、かつて出品された作品の数々に非常に影響を受け、またそれがモチベーションになっていました。
いつかこの大会に自分も出して、1位を取りたいという、夢というより明確な目標となっていました。
そして今回出品を決めるにはかなりの覚悟が必要でしたが、いざ出すとなれば絶対に1位を狙いに行くという強い思いがありました。いや、むしろもう一位になってるんだと自分に思い込ませながら製作しました。
そして選考の結果が発表され、それを皆さんに報告したとき、活動史上かつてない反響がありました。
信じられないくらい多数のねぎらいと応援のコメント、メッセージをいただきました。
もちろん僕自身こうして一位を取れたことを非常に喜ばしく思っていますが、自分以外の、お会いしたことのない方々にまで自分のことのように嬉しいと言っていただけたことに、驚くとともに感動しました。
僕が皆さんの思いを背負っているというか、むしろその思いに自分が乗っていて押し上げられてきたような感覚を覚えました。
この大会を開催して、そして継続してくれている(さらに年々規模が大きくなっている)運営側の皆さんにはもちろん、応援してくれている方々にも心からの感謝を述べたいです。
本当にありがとうございます。
しかし、今大会で一位になったことは、世界一の靴職人になったということではありません。
この大会の靴の審査基準は履き心地やフィッティングなどは評価に入らず、芸術的で新しいアイデアと、実用には適さないほどの細かい意匠、などが評価の対象になります。これを分かったうえで今大会の主旨に沿った製作物を僕は出品しています。
実際に靴に求められる技能というのは非常に多岐にわたっていますし、それを評価する軸も人によって様々です。履き心地においては感覚的な部分が非常に大きく確実な正解はないと言っていいと思いますし、デザインの好みも人それぞれです。
ここで一位を獲得したことは非常に名誉なことですが、靴職人人生のなかでの一つの通過点だと思っています。日本はもちろん、世界の尊敬する靴職人の方々の背中を変わらず追っています。
この経験を自信とモチベーションにつなげることで、今大会のような分野も、そうではない分野においてもさらなる高みを目指して頑張っていきたいと思います。
本当にありがとうございました。
菱沼乾(Ken Hishinuma)
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