「フルハンド」と「九分仕立て」の特徴と違い

こんにちは、革靴のケンです。

本日はハンドソーンウェルテッド製法の中にある「フルハンド」と「九部仕立て」という作り方の違いやそれぞれの特徴についてご説明します。

これらの呼び名を目にしたことがある方も、詳細な説明を受ける機会は多くないと思います。

この記事を通して、ぜひより詳しくご理解していただくとともに、今後革靴をオーダーする際の手助けになれば嬉しいです。


目次

はじめに

まずは今回ご紹介する「フルハンド」と「九部仕立て」という2つの作り方ついて、概要をご説明します。

これらはどちらも革靴の代表的な製法である「ハンドソーンウェルテッド製法」の中にあるさらに細かい作り方の分類です。

ハンドソーンウェルテッド製法とは

ハンドソーンウェルテッド製法とは、ウェルトと呼ばれる部材を縫い付ける「すくい縫い」という工程を手作業で行う製法のことを指します。

すくい縫いは機械で行うことも可能であり、工場での大量生産の製品では機械を用いることが一般的です。(グッドイヤーウェルテッド製法と呼ばれる)

このすくい縫いの工程は、製法の名を冠するほど重要な工程であり、これを手作業で行うか、もしくは機械で行うかでは仕上がりや履き心地に多くの点で明らかな差が生まれます。


ハンドソーンウェルテッド製法の利点はいくつかあり、以下のようなものが挙げられます。

・グッドイヤーウェルテッド製法と比較して、ソールの返りの良さ(柔軟性の高さ)を味わいやすい

・立体的で美しい造形をより追求できる

・履き込んだ後のサイズ変化が少ないので、最初から最後までフィット感を大きく変えずに履くことができる


後述する「フルハンド」と「九分仕立て」はどちらもハンドソーンウェルテッド製法に属する作り方のため、上記のメリットを享受することができます。


主な違い

それでは「フルハンド」と「九部仕立て」の違いについてご説明します。

明確に異なる点として「出し縫いを手作業で行うか否か」ということが、最も重要なポイントです。

出し縫いというのは、本底(アウトソール)をウェルトと縫い付ける工程のことで、この工程も手縫いと機械縫いのどちらでも行うことができます。

そして、すくい縫いと出し縫いのどちらも手縫いにより製作した革靴をフルハンド、すくい縫いは手作業で行い出し縫いは機械を用いて製作した革靴を九部仕立てと呼ぶことが一般的です。


フルハンド

フルハンドメイドは別名「十分仕立て」とも言います。全ての工程を手で作られた、10分の10が手作りであることからこう呼ばれます。

工房によって様々ですが、主にビスポークなどのフルオーダーや、MTO・MTM・セミビスポークなどのオーダーでのオプションとして用意されている場合があります。

製作に用いる機械はアッパーを製甲する際のミシンのみで、それ以外のほとんどすべての工程は手作業で行う、文字通りフルハンドメイドにより作り出されます。

フルハンドで製作された革靴は、九部仕立てや他の製法の革靴と比較すると、より趣味性・嗜好性に重きを置かれた”こだわりの逸品”になります。


九部仕立て

名称の由来は十分=完全から一分(出し縫い)を引いて、10分の9が手作業で作られたという意味です。

こちらも工房によるため一律ではありませんが、多くの場合MTOなどオーダー品やオプションにより選択可、または高価な一部の既製靴で見られる製法です。

出し縫い以外の工程においても、機械を用いる割合を増やしている場合もあります。

フルハンドと比較すると、より実用的でたくさん履きたい靴におすすめの製法です。

詳しくは後述の通りですが、実は、出し縫いが手縫いか機械縫いのどちらかによって生まれる差異は、すくい縫いの場合と比較すると軽微です。

次の項目からはフルハンドと九部仕立ての違いを比較する上で、今回は機能面・見た目・購入ハードルの3つの観点に着目してみましょう。


機能面

フルハンドの縫い方

フルハンドと九部仕立ての主な違いである出し縫いについてですが、縫い方の違いにより構造上に若干の差が生まれます。

フルハンドで出し縫いをする際は、糸の両端に針を付けて一針縫うごとにそれぞれが交差するようにします。

これにより毎回上糸と下糸が入れ替わり、一目ごとに糸同士が固結びをするように絡まります。サドルステッチとも言います。

つまり糸が一部分切れたとしても他の縫い目は別個に結ばれているため、簡単には解れず、より強固な縫い方であると理論上は言うことができます。


九部仕立ての縫い方

出し縫い用のミシンで本底を縫う際は、上糸と下糸は常に一定です。入れ替わることはありません。

上糸と下糸が革の中で一目ごとに交差しますが、結び目のようになっているわけではないので一部の糸が切れるとそれに伴って他の箇所まで解けやすくなってしまう縫い方であると理論上は言うことができます。
(布の縫い目を想像するとわかりやすいと思います)


では、実際にこのような事態が発生するか、出し縫いをミシンで縫うことはフルハンドよりも耐久性が低いかと言うと、決してそのようなわけではありません。

その理由はいくつかあり、最も大きな要因としては、革の中に縫い糸が貫通している状態そのものが摩擦を生むということが挙げられます。

洋服などの布を縫う糸と異なり、革靴の出し縫い糸は太く、テンションも非常に高いです。

また松脂と油が主成分の「チャン」を塗り込んであることから、摩擦力はとても強力です。

これにより出し縫いの糸の一部分が摩耗により切断されたとしても、相当履き込んで状態が劣化していた場合や、意図的に剥がそうとしない限り、糸と革の摩擦力により革同士の結合は保持されます。

よって構造上の違いはあれど、実際の機能面としては九部仕立てでも必要十分であると言えます。


見た目

フルハンド

出し縫いを手作業で行う何よりのメリットは、造形美をとことん追求できる点であると僕は思います。

出し縫いを行う際、ウェルトにはあらかじめ主にウィールという道具を使って、縫う間隔の目印を付けます。 これを目付と呼びます。

ウィール

その目付に沿って手作業で糸をぴったりと通すため、出し縫いの糸がウェルトの上に均等に並んでいるように見えます。

ウィールのギザと縫い糸が一体化して見えない
出し縫いの糸がウィールのギザギザと一致している(青が強く見える部分が糸)


機械的な制限のある九分仕立てに比べ、フルハンドメイドは作業性に柔軟性があるため、

ウェルトのアッパーに近い部分を縫うことによって、コバ(靴底の側面の張り出している部分)の出幅をギリギリまで狭くすることができ、靴全体をスッキリと華奢な雰囲気に見せることができます。

また、ウェスト(足の土踏まず辺り)のソールの革を捲り上げるようにして糸を隠す「べヴェルドウェスト」という技法を取り入れることも可能です。この技法は靴のフォルムを引き締め、靴全体をドレッシーで抑揚のあるフォルムに見せることができます。


上手く出し縫いが施された革靴は、まるで絵画における額縁のように、革靴の印象をグッと引き締め際立たせる効果があり、じっくり鑑賞したくなるほどの芸術性を湛えます。

フルハンドでは、より均等に、より精緻に、よりしっかりとした目付(ギザ)を入れることが可能で、手仕事感を存分に味わうことができます。

「手仕事感」という表現は、どこかしらに多少の綻びや雑さ、隙があって可愛げや親しみやすさのある、という意味で用いられることもありますが、ここでいう手仕事感とはそれとはむしろ対極に、

手作業なのにまるで機械のような均一さを持ち、そして機械では不可能なレベルの完璧で精緻な出来栄えの芸術作品的な側面を楽しむことができる点が、優れている点だと思います。

絞り込まれたウェスト


九部仕立て

九部仕立てでは、見た目の観点ではいくつかの制約が生じます。

機械縫いの場合、フルハンドとは逆に先に出し縫いを行ってから、その後に目付を入れます。

多くのブランドでは九分仕立ての場合、出し縫いの間隔に関係なく目付を入れることがほとんどです。

つまり目付は単に飾りであり、意匠としての役割のみが与えられます。

ブランドによっては目付が一切ないこともあり、その場合はコバを上からみると平坦になっているので、どこかのっぺらぼうな少し寂しい印象になりがちです。


キッシュザワークでは目付は出し縫いの間隔に合わせてしっかりと深く入れるため、結果としての見た目はフルハンドに近づけるように仕上げていますが、機械縫いの性質上多少縫い目の間隔がぶれます。

また車輪の内輪差のような現象が発生するので、ウェルトの直線部と曲線部では、縫いの間隔に僅かながら差が生じます。

数値にすればコンマ数ミリの世界ですが靴として全体を見た時には少なからず違いを感じるレベルです。

また目付の入れ方(道具)もフルハンドとは異なるためフルハンドとは全く同じにはなりません。

九分仕立ての出し縫い キッシュザワークは出し縫いに合わせてギザを入れる

次に、機械では縫う間隔には限度があるため、フルハンドほど細かく縫うことは難しい場合があります。

機械の構造上、アッパーに近い部分ギリギリを縫うことはできないため、コバ幅は一定の張り出しが必要になります。

ウェスト部分もソールの形状が抉れすぎていると機械で縫うことができないため、ベヴェルドウェストのようにウェストを極端に細く見せることは困難です。

総じて仕上がりはフルハンドほどドレッシーに見せづらいという短所があります。

かなり奥まっていますがベヴェルドウェストではありません


以上のように、九分仕立てとフルハンドの説明ではフルハンドの方が良いという形式にどうしてもなってしまいますが、フルハンドの方が全ての点で優れているわけではありません。次の項目からはその点について説明していきます。

購入ハードル

この項目では価格・納期の2つの要素をまとめて購入ハードルと題して見ていきます。

フルハンド


価格:高い

納期:長い

維持費:高い

フルハンドで出し縫いをする際に要する時間は、靴のサイズや製法によって前後しますが、片足につき2~3時間ほどです。

フルハンドの靴製作の中で、出し縫いにかかる時間は多くのウェイトを占めます。

また、正確な出し縫いには極めて高いスキルを要する上、手作業が及ぶ範囲は手縫い工程以外にも無数にあるためとにかく手間がかかります。


以上のことからフルハンドの革靴をオーダーすると、九部仕立てや既製靴と比較して、価格は高く納期は長くなります。

一例としてキッシュザワークのMTOでフルハンドオプションを選択いただくと、金額は55,000円プラスとなっています(2025.8月時点)


価格と納期は修理の際にも影響が発生します。

フルハンドの靴の本底を張り替えるオールソール修理を行う際は、基本的にその靴を製作した工房に依頼することがマストです。

オールソールの際もフルハンドで出し縫いを行うことが原則となるため、フルハンドによる価格の高さ・納期の長さは修理の際にも負担となります。

つまり購入時のみならず、長く履いて修理をする場合においても維持コストが高くなるという視点も忘れてはいけません。


また、工房の生産力・受注上限によるオーダー状況によっては、手間のかかるフルハンドメイドの修理は時間を要する可能性も考えられます。

総じて、購入時、修理時ともに高い金額と長い工期が負担となり、購入ハードルは高くなるといえるでしょう。

九部仕立て


価格:中

納期:中

維持費:中

九部仕立ての革靴の場合、特にオーダー品の場合はフルハンドと比較すると、価格や納期の負担は軽減します。

機械での出し縫いの所要時間は、片足につき20~30秒ほどで、フルハンドの数百倍の早さです。縫い以外の工程でもフルハンドに比べて機械を使う場面が多くなるため、比較的効率的に規模を大きく製作することが可能です。

これは人件費や納期にとって大きな優位性が生まれる要因となります。


九部仕立ての革靴の場合は、必ずしもオリジナルの工房に修理をしなくとも、高い技術力のある修理屋さんに持ち込めば、オールソール交換をはじめ修理全般を請け負っていただけます。作る際にも製作効率を考えて作られているため、修理もしやすい構造になっているということです。

このことから、九部仕立ての革靴はフルハンドと比較して、購入時とランニングコスト双方において購入ハードルが低くなるということができます。


これらのハードルは心理的側面においても作用し、フルハンドはいざという時に履く靴、九分仕立ては普段履きできる靴のようになる場合も多く、ご自身の心理的側面も含め、用途に合わせて選ぶことが大切になると思います。

まとめ

ここまでご説明してきたフルハンドと九部仕立ての特徴から、それぞれの革靴が出来上がるとどのようなものになるか、またはどのような革靴が欲しい場合にはどちらの製法を選択したほうが良いかをまとめます。

フルハンド

フルハンドの革靴は九部仕立てをはじめとする他の製法と比較して、趣味性・嗜好性の側面が強くなる傾向にあります。

革靴を単に道具としての履物として捉えるのではなく、手に取ってじっくりと眺めたくなるような作品が欲しい場合に選択したい製法です。

機械では生み出すことが不可能な精緻で精巧なディティールの数々、靴全体の雰囲気と調和した計算しつくされた造形美、言葉通り一糸乱れぬ完璧な運針で縫いあげられた出し縫い。

このように革靴を隅々まで鑑賞しながら、この作品を自分のためだけに生み出してくれた靴職人や、オーダー時の思い出に想いを馳せることができます。  なんと贅沢な時間でしょうか。

日常的に履くことはもちろん、ここぞという大事な場面で選びたい靴としては、気持ちの面でフルハンドの革靴が活躍すること間違いなしです。


一足フルハンドの革靴を手にして、意識をして眺め履いていくうちに、革靴を見る目が徐々に養われていきます。

革靴を見る目が養われると、革靴の見え方や着眼点が変化し、より深く楽しめるようになります。

このように革靴のより奥深い世界を楽しみたい方は、教養としても一足フルハンドの革靴を購入されてみるのはいかがでしょうか。


九部仕立て

九部仕立てはより実用的な一足を手にしたい方におすすめです。

履き心地の良さや底周りの作り込みといったハンドソーンウェルテッドの利点を求めつつ、フルハンドと比較して低価格・短納期であるという購入ハードルの面でも利点があります。


まず靴は衣類の中で最も過酷な環境に置かれます。

どんなに大切に扱い気を付けて歩行していたとしても、履いていくうちに傷がつきダメージが蓄積していくことは避けられません。  当然履く頻度が高いほど、比例して経年劣化は早く大きく進行することになります。

もちろんそれが味になりますし、履き込まれた革靴ならではの新品にはないオーラや魅力があることも事実ですが、同時に新品の時にしか味わえない純白な美点が失われてしまうこともまた事実です。

なので履く頻度が高くなるだろう靴の場合は、傷がついてしまうことを見越して作り込みを抑えたとしても、九部仕立てで実用的な一足をオーダーするということは賢い選択肢だと思います。

仕事でも休日でもガシガシ履きたい、多少の雨でも気にせずに履きたい、など登板頻度が高い一足が欲しい場合に選択したい製法です。

フルハンドほど造形美は追求しませんが、それでもグッドイヤーウェルテッド製法やセメンテッド製法など市場に多く出回っている大量生産に適した製法と比較すると、手製靴としての作り込まれた見た目の魅力を味わうことができます。

フルハンドでは選択できないラバーソールにできる点もメリット


このあたりの捉え方は個人の感覚による部分が大きいためご参考までに。

ちなみに僕の場合はフルハンドと九部仕立ての靴どちらも履きますしどちらも好きです。

靴職人なので自分用に製作する靴の場合はフルハンドのことが多く(製作動画投稿するためでもあります)、履き心地を確かめるために傷は気にせずたくさん履きます。

受注会など宿泊の都合で連日酷使することも多く、早い段階で小傷やエイジング感はつきますが、それが僕なりの革靴の楽しみなので全然構いません笑

皆さんも、ご自身のライフスタイルや価値観に合った選択をしていただければ幸いです。


最後に

今回は手製靴の代表的な製法であるフルハンドと九部仕立てについて、その特徴や違いについて解説しました。

YouTubeに投稿した動画では、革靴を「ドレス」「カジュアル」の2つのジャンルに大別し、フルハンドと九部仕立てのそれぞれの特徴とより詳細な違いに迫ります。

そちらもぜひご覧ください!

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