こんにちは。かわぐつのケンです。
この記事では今回製作したNo.022 Aged Vintage Derbyの完成レビューをお届けします。
今年のナンバーズコレクションは、展示会において展示し気に入った方がいらっしゃれば先着順でその場でご購入いただけます。(会期中は展示し、終了後ご郵送します)
(現地に来られた方優先ですが、遠方の方でご購入希望の方は事前にご連絡いただいた上で(こちらも先着順) 展示会初日の13時までに現地で購入がなければ購入成立とさせていただきます。)
Numbers Collection 2025について
今年の展示会にむけて製作するNumbers Collection は3足
共通するテーマとして「時間とエイジング」を掲げ、それぞれ別なアプローチでそれを表現しています。

革は耐久性が高く、長く使うことができる。そして使い続けるほどに美しく育つ素材です。
革の魅力としてよく語られる「経年変化」という言葉は、ともすると売り手・買い手の双方が、革を説明するための便利なラベルのように扱ってしまいがちな面があるのではないかと、以前から感じていました。
「この革は経年変化して美しくなりますよ」
「経年変化が楽しみです」
「経年変化していい雰囲気ですね」
しかし実際のところ、経年変化という現象には、この四文字だけでは到底言い表せない深さと奥行きが宿っています。
今回の作品群は、革や革靴、そしてビンテージシューズが持つ“経年変化”と“時間”について、改めて考えるきっかけになることを目指しています。
僕自身も、そして皆さんも、その魅力をもう一度見つめ直し、目には見えない「時間」という存在に思いを馳せる機会となれば幸いです。
No.022 Aged Vintage Derby
No.022 Aged Vintage Derby
¥495,000 (税込)

サイズ : UK8 26.5cm スタンダードラスト(MTOラストとトゥシェイプは異なります)
アッパーマテリアル : Aged Italian Baby calf
ソール仕様 :
ノルベジェーゼ製法
シューツリー : 2ピース
製作の経緯
通常、靴は完成した後履かれることによってエイジングが始まるため
靴→エイジング
となりますが、No.022はエイジングや時間を表現する方法として
エイジング→靴
と言う逆の形をとっています。
この発想の一つのインスピレーションとなったのが、僕自身が靴作りで使っているエプロンです。

このエプロンはデニム生地のエプロンの腰下に鹿の革を縫い付けたものです。
靴作りは常に膝の上で作業をするため、エプロンの摩耗は激しく、引っかかり防止のためにも布ではなく革を使う人が多いと思います。
かれこれ4年ほど使っているエプロンですが、鹿革の表情は大きく変化しました。

この革の表情をエイジングととるか、単にボロいと感じるかは人それぞれだと思いますが、僕の感想としては、
確かにボロいが、確かにかっこいい
そしてふと、こんな風にすでにエイジングされた革を使って靴を作ったらどうなるのだろうと、それは靴になってからエイジングされたものとは違うのだろうかと考えました。そして単純にそんな靴を見てみたい。
No.022はそういった背景から制作に至ったのでした。
エイジングレザーを作る
まず靴を作る前段階の製作工程があります。エイジングレザーを作るということです。
キャンバスとなる革にどんな革を選ぶか、いくつか条件がありました。
- タンニンなめしであること
革のなめし方法は様々ありますがメインとして語られるのは主に二つ。クロムなめしとタンニンなめしです。
それぞれ長所がありますが、タンニンなめしの長所はなんと言っても革らしい自然な表情と、顕著な経年変化です。一般的に革の経年変化として強くイメージされるのはタンニンなめし革です。(特に染色されていないものはアメ色の経年変化と言われる)
油分、水分、摩擦、紫外線によって艶と色の深みが増していきます。
- ライトブラウン系の色であること
色の変化やそのムラ感、シミや傷などは濃い色の革では少しわかりづらいため、エイジング感がよりわかりやすい色の薄い革であること。
- しなやかできめ細かい革質
どんな靴もそうであるに越したことはないですが(デザインや用途によりますが)、やはり革の素の表情が良くなくてはいいエイジングをしません。
- 適度なハリ、コシ
これもどんな靴でもそうではありますが、エイジングの過程で負担をかける工程があるため、あまり繊細すぎる革は不採用。
以上のことに当てはまる革として、イタリアのベビーカーフを選びました。タンナー名などはわかりませんが表情が気に入って一枚のみ工房にストックしてあった革です。
ベビーカーフというと繊細なイメージを持つかもしれませんが、この革はしっかり厚みもあり、エイジングの負担にも問題なく耐え、むしろ答えてくれるだろうという感覚を持ちました。

エイジングの方法は
- 日光浴をさせる
- クリームを塗りこんでブラッシング
- 水に濡らして乾かす
- アルコールを散らす
- よく揉み込む
- 革を膝に敷いてその上で靴を作る
以上を革の状態を目で見て手で触って確認しながら繰り返します。
これらは、この革がすでに靴だったら起きるだろう現象を再現しました。
日光浴は外出すれば必ずすることになりますし、普段のケアではクリームを塗ってブラッシングをするはずです。雨に打たれることもあるでしょうし、飲食店で水以外の液体が飛ぶこともあるでしょう。
履くことは屈曲の連続ですし、外を歩けば様々なダメージを受けます。
それらを再現するのが上記のエイジング方法です。




「革を膝に敷いてその上で靴を作る」は靴を履いた状態で起きるスレや傷をランダムに再現するためです。恣意的なダメージ加工ではなく、インスピレーションの源でもあるエプロンとしてのエイジングによって、擬似的に靴のダメージを再現します。

また同じテーマを共にする作品として、この革の上で製作するのはNo.023 New Antique Oxford です。
兄弟のような親子のような面白い関係性が靴同士に築かれることになりました。なぜだか愛おしさを覚えます。


このエイジングの工程によって得られた革の変化は以下です。
- 色が濃くなった(スレやクリームの塗り具合によって場所により異なる)
- 艶が強くなった
- 傷がついた
- シミがついた
- シワがついた
- 革の部位による質の違いが顕著に現れた
- トラや血筋はわからなくなった
これらの要素はそれぞれ単独で革に影響を与えるものではなく、それぞれが相互に作用しあってエイジングを深めていきます。(傷のついたところが特に色が濃くなる、シワがつくことで革の質が顕著に現れる、など)
特筆すべきは、革の部位による質の違いがこれほどまでに顕著に現れたこと、そしてトラや血筋がほとんど判別できなくなったことです。これについては最後の章で後述します。
アッパーのディテール

クラシックなエプロンフロントダービー
MTOのモデルにあるChestnutと大枠のデザインは同じですが、かなり印象は違います。


トゥシェイプはショートノーズで丸みとボリューム感のある形状に作っています。
それに合わせて少し短めのエプロン。つま先にはスプリットを入れないことでより丸み感を強調します。

この靴は手縫いの工程が通常よりも多いです。ソールは後述しますが、アッパーはエプロン部分のつまみ縫いと、羽根からトップラインと平行に走るライン(ステッチ二本あるうちの下段)も手縫です。
この部分のステッチは平面的であり、つまみ縫いと違って物理的にはあえて手で縫う必要はないのですが、麻糸の質感や、糸目の太さや形状などを表現するためにかなり細かく手縫いを行いました。
またエイジングレザーの表情の深みもしっかりと現れています。
革の部位ごとのシワの違いや色味の違い、そして傷があることによって生まれた経年変化のバリエーション。


通常、靴の型入れ時(型紙を革の上に置いて写しとること)には、自然由来である革表面の傷や血筋、トラなどを見て、それを避けるように型紙を配置します。
この靴の型入れ時には、通常のやり方とは異なり、どこにエイジング傷があるか、シミや色の変化があるか、革の表情はパーツとしてどうか、を見てそれらを避けるのではなく、適切な場所に入れることを目的としました。
エイジングした表情をそもそも革の個性として捉えてデザインに落とし込みます。
(猪革や熊革など野生の革をKhishで製作するときも同じような考え方で行います。)


ソールのディテール

ノルベジェーゼ製法。この製法は元々スキー靴や登山靴といったタフユースな靴を作る際に用いられたと言われ、その理由は構造上の防水性にあると思われます。
ウェルトを持たず、アッパーがその役目を果たすため、部材の隙間が無く水が染み込みにくいからだと思われます。
しかし現代では防水性を獲得するためにはゴアテックスなどの化学系ハイテク素材が優秀なため、天然の革と糸のみで構成するノルベジェーゼ製法の機能的な利点は失われていると思いますが、デザイン的には唯一無二です。

靴のサイドを太い麻紐が走り、幾重にも並ぶ力強いステッチが特徴です。おおよそドレス靴とは程遠いですが、ハンドメイドならではの温もりと緻密さがあります。
エイジングレザーは靴になる前からすでにただならぬオーラを放っているのでそれに負けないような、マッチした底周りをということでノルベジェーゼ製法を採用しています。

「ハンドメイド」という言葉の意味
一般的に「ハンドメイド」と聞くと、機械で作られた工業製品に比べて仕上がりにブレがあったり、精密性に欠けたりする、という印象を持たれることが多いと思います。そしてそれが逆に「味だよね」と解釈されることもあります。
しかし、本当のハンドメイドは、機械では不可能な作り方や、不可能なレベルの緻密さを実現できます。なぜなら人間の目と手は、素材や形状の特徴を捉え、繊細な動作と最適な製作方法を柔軟に選択できるからです。
それを突き詰めた上で、99%が精密でありながら、残り1%にどこか温かみが宿る——それこそが「ハンドメイド」という言葉の本来の意味だと思います。

ここに見えている三本のステッチは上から
- すくい縫い(極太、白糸:中底からアッパーまで貫通している)
- 出し縫い(太、白糸:アッパーとミッドソールを縫い付けている)
- 出し縫い(細、茶糸ウェルトと同化している:ミッドソールとアウトソールを縫い付けている)
それぞれ糸の太さや色、縫い方を変えることで華やかながら重厚なデザインを形作っています。


シューツリー

シューツリーは木の丸い取手をつけた少し変わった形状。
靴同様温もりを感じます。

最後に

No.022の製作では一枚の革をこれまでにないほど長い時間向き合い、観察してきました。
革を単なる素材としてではなく、成長する生き物のように扱いました。
そしてこのAged Vintage Derbyのデザインもエイジングレザー製作中はまだ定まっていませんでした。徐々に仕上がっていく革の表情を見ながらこの革にはどんなデザインが最高にマッチするだろうかと考えていました。アッパーデザインが決まって本製作を始めてからも底周りのデザイン、縫い方をどうするかなど、この革とデザインを最大限活かすのはなんだろうと考え続けました。
革を育てながら、デザインも育てていく感覚はかつてなかった体験です。
エイジングがもたらすもの
エイジングの工程によって得られた革の変化に関する以下の項目について
- 革の部位による質の違いが顕著に現れた
- トラや血筋はわからなくなった
革は部位ごとに質が異なります。脇腹・尻・首などで繊維構造が違うため、当然ながら強度や張り、表情にも差が出ます。しかし、革を商品として扱うタンナー側の視点では、一枚の革を見たときに全体が美しく均一に見えるよう仕上げたいと考えるのが自然でしょう。実際、多くの革は一見するとツルッとした均質な平面に見えます。

けれども、それはあくまで「表面の見た目だけの均一さ」であって、内側には部位特有の質の良し悪しが確実に存在します。だからこそ、製作の際にはその差異を見極めて適切に裁断する必要があります。
今回のエイジングによって、この“最初のきれいさ”――言い方は悪いですが、革がまとっていた化けの皮――が剥がれ、素材本来の質がそのまま表面に浮かび上がってきました。つまり、エイジング後の姿は革そのものの実力をより正確に教えてくれるということです。

また、トラや血筋についても興味深い変化がありました。もともとこの革は比較的トラや血筋が目立つ部位が多く(エイジングしていない肩の部分を見るとそれがよくわかります)、最初漠然と、そういうワイルド系の靴になる革だなと思った記憶があります。
しかしエイジング後は、傷やシミといった“時間が生んだ痕跡”のほうが前面に出るため、トラや血筋が覆い隠されて目立たなくなっていました。言い換えれば、革の段階でトラや血筋が主張していたとしても、靴として年月を重ねれば、表情はまったく別の方向へ変化していく可能性があるということです(もちろん靴の構造や革の種類にはよりますが)。

Khishで作るドレスシューズでは、基本原則として“できるだけ綺麗な部分だけを使う”という姿勢を大切にしています。高いお金を払っていただく以上、できるだけ表情の整った部位を選びたいというのは、お客様にとっても、製作者にとってもごく自然な考え方です。そのため、わずかな血筋やトラがあるだけで、耐久性的には使える革を破棄したり、試作用として回したりすることもこれまでは少なくありませんでしたし、その基本姿勢はこれからも変わらないと思います。
ただ、今回のエイジングを通して、もう一つの視点もあるのではないかと感じました。
血筋やトラがあったとしても、時間とともに傷や艶、色の変化が重なれば、最終的にはほとんど気にならなくなるケースはある。むしろ“時間が与える表情”の奥に隠れてしまうことすらあります。

そう考えると、革という自然素材をもう少し“赦し”、おおらかな気持ちで受け入れる視点。それもまた、これからの時代に必要な感性なのかもしれません。
製作側にも、そして革靴を手にする側にも、そうした視野が少しずつ育っていけば、素材としての革が本来持つ豊かさをより深く味わえるのではないかと思いました。
何気ないエプロンの革から始まり様々なことに取り組み、考えるきっかけになったNo.022ですが、何よりもやはり靴がかっこいいのが重要です。
ぜひ展示会で実物をご覧にお越しください。
Khish the Work 展示会
日程:12月5日(金)〜7日(日)の3日間
時間:11:00-19:00
場所:東京都渋谷区渋谷1丁目22−5 1F
渋谷駅から徒歩4分の会場です。
エイジングレザー
これを契機にエイジングレザーの製作を行っています。
今後もいい革、いいタイミングがあればエイジングレザーの製作をしていきたいと思います。
今回製作しているのは3枚(各1足分ずつ)
①イタリアベビーカーフ 手揉みシボ レッド(No.022と同タンナーと思います)


②猪革 グリーン


③新喜皮革 ホースレザー 茶色


それぞれ特徴的な表情で、エイジングすることによりまた深みを増しています。
エイジング手法は基本的に同じですが、革ごとに特性が違うので状態を見ながら行っています。
各1足限定でオーダーをお受けしますのでこの機会に特別なエイジングレザーをお手に取ってみてください。




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